過去からの残照

過去からの残照・・・梅雨の雨間

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 その鬱蒼とした杜の中にある神社の境内へと続く参道。 その参道の入口に建つ朱塗りが印象的な鳥居をくぐった。
 「あっ、くぐちゃったぁ~」
そう言った彼女は、鳥居の脇に設えられた小さな看板に見入っている。
 「その鳥居をくぐると、おこりになるんだってさぁ~どうするぅ~」
なんだか愉快そうにそう言うと彼女は、私はくぐらないんだぁ・・・と言いながら鳥居の脇をすり抜けて私の傍らに立った。相変わらずちょっと愉快そうに少し笑った目で私を見つめた。
 「知らなかったなぁ・・・。でも、まぁ、前に来たときにもくぐったけど、大丈夫だったから。。。」 
 おこりとは、現代で言えばマラリアを原因とする諸症状のことで、かつてこの地においてもマラリアのような病が流行ったことがあるのだろう。その病を神域に侵入させないがための赤い鳥居なのかもしれない。
 「変わらないね、あなたは。神社やお寺が好きなくせに境内にある由来書きや案内板を読んだりしないんだから」
 「そう言うミズキも変わらないなぁ。そういうのやたらと読む癖」
 「私はある意味必要があって読んでるの。神社やお寺にだって不用意に近づいちゃいけない物や場所はあるんだから。ここの赤い鳥居をくぐっちゃいけないようにね。あなたと違って私は、いろんなモノを引きつけちゃうから・・・」
 そうだった。彼女は、いや、彼女の母方の家系の女性には霊感が強い女性が多く、彼女の母親もそうだし、彼女もその血筋を継いでいた。彼女の名の「ミズキ」は、「水晶」と書いてそう読む。母と祖母が相談して、少しでも禍々しいモノが近寄らないようにとの願いが込められた名だという。
 それでもうまれながらに彼女に備わった霊感は、様々なモノを引き寄せるらしい。がから、彼女は意識して神社を訪れたりして身を清めようとする。それは今も変わらない彼女の習慣らしい。
 そんなことを考えながらも、私はなんら抵抗なく肩を並べて参道を歩くかつての彼女を「ミズキ」と呼んだ自分に少し驚いていた。別れてから十数年経った今でも「ミズキ」は「ミズキ」のようだ。現在の「ミズキ」がどんな「ミズキ」なのかとは別として・・・だ。

 知り合った時、彼女はまだ19歳だった。仕事がらみのあるイベントに、学生だった彼女がアルバイトとして参加してきて、一緒にイベントに関わる仕事をするうちに気安く話すようになった。イベントが終わった後もお茶や食事をする機会を持つうちに、いつしか体を重ねる関係となった。
 私は彼女より10歳上で、妻があった。世間的にはいわゆる不倫と呼ばれる関係になったというわけだ。その関係は、7年ほど続いた。

 「いい神社みつけてくれたね」
不意に彼女の声が耳に飛び込んできた。
 「だろ?車がバンバン走っている道から少し入っただけなのに、まるで山の中にあるような感じの神社だろ?」
 「うん。こういう神社がいいのよ」そう言いながら彼女は鎮守の杜の空気を目一杯吸い込もうというように両手を広げて深呼吸をした。まるで、体の中にあるモノを吐き出して、神社の神聖な空気を取り入れようというかのように。


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 石段をゆっくり登って境内に入った。鬱蒼とした参道とはうってかわって境内は明るい日差しに溢れていた。それは、梅雨空の雲が突然割れて、すでに真夏の凶暴さを感じさせる陽光が照りつけた瞬間のようでもあった。
 拝殿の前に立ち、並んで参拝した。相変わらず彼女の参拝は長い。声にはしないが、唇を小さく動かして何事か呟くようにして手を合わせ続けている横顔を横目で眺めながら・・・やっぱりミズキはミズキだ・・・そう思った。
 拝殿から下がり、強い陽射しを避けて、二人並んで拝殿の石垣に背を預けた。
 「偶然だと思ったでしょ。また私と会ったこと」
互いの近況とか互いに関係する仕事のこととか話していて、話が途切れたときに彼女がそう言った。
 「うん。そうだな」頷きながらそう言ったが、偶然だと思ったのは、会議の参加者の一覧の関連会社の人達の名の中に、苗字はかつてとは違っているが「水晶」という特徴的な名を見つけた瞬間だけだったかもしれない。むしろ、実際にその会議で十数年振りに彼女の姿を見たときには、いつかはこういう「時」もあるだろうと心のどこかで思っていたと感じたものだ。
 「必然なのよ。こうしてまた会うことは」
 「どうして?」
 「あなた気付かなかったようだけど、何度かあなたの会社に私、行ってていたのよ」
 「えっ?」
 「もっとも、すれ違ったのは一度だけ。しかも、そのとき私は風邪をひいていてマスクしていたし、あなたは人と話しながら歩いていたからね。こいつ、気付かないんだぁ~と、ちょっとしゃくになって後姿に 気付け! って念を込めた視線を突き刺したんだけど」と、そういうと彼女はクスっと小さく笑った。
 「でもね、わかっていたんだ。またあなたと会うことになるのは。必然だから。会う時が来るってことは」
 その彼女の言葉に・・・自分の感じていた再会の時の感覚をはるかに凌駕する強さのようなものを感じて、内心で少したじろいだ。「そいういうも時ある」と「そういう時が来る」とでは、 相当な違いがある。そう言葉にした彼女の「時」とは、どんな「時」なのだろう。そんな考えが脳裏に浮かんだが、そんな私におかまいなしに彼女の言葉は続いた。
 「だからね、私からあなたに連絡をつけることも容易いことだったんだけど・・・待つことにしたの。あなたが気付くのを。案の定、会議が終わって数日後にあなったからツイッターにメッセージが入った。まさかツイッターでコンタクトしてくるとは思わなかったけどね」
 「結婚したことは知っていたけど、苗字は知らなかったからな。苗字がわかれば、その名前だもん。検索したら一発だったよ」
 「そりゃそうだ。でも、つき合いだした頃は、あなたのポケベルに 11101 って打ち込んだりしていたのに、世の中変わったわよね~」そう言って、また小さく彼女は笑った。
 何度かツイッターでメッセージをやりとりしている間に、彼女好みの神社があることをメッセージに記した。彼女は、この神社のように鬱蒼とした杜のある神社を好んだことを覚えていたのだ。杜が深いということは、その杜の木々がそれだけ外界の穢れを遮断してくれていると彼女は信じていた。そういう神社に身を置くと、ふと・・・ミズキが好みそうな神社だな・・・そう思うこともあった。
 この神社のことをメッセージしたら“行きたい”と彼女からの返信があったというわけだ。

 彼女とつき合いだした頃、私と当時の妻はすでに家庭内別居のような状態だった。次第に彼女への思いが強くなるにつれ、妻との関係は冷え込んでいった。それはもう、次第に勾配がきつくなる坂道を転げていくボールのようなものだった。次第に壊れていく家庭、本来いるべき場所に自らの居場所を見つけられなくなると心の中にぽっかりと穴がああいたような感じになった。その穴を埋めるために彼女にますますのめりこんでいった。彼女は、そんな私をよく受け止めてくれていた。それも、世間を大手を振って一緒に歩けないという関係のままで。
 私は、そんな彼女に感謝していたし、確かに愛していた。それは今でも確かにそうだったと確信している。だが、私の心の中に開いた穴は、いつしか彼女の存在だけでは埋まらないほどに大きくなってしまっていた。彼女に隠れて他の女と会ったりするようになっていった。何人も。何人も。
 次第に彼女との間に諍いが増えていった。原因のほとんどは、私の女関係だった。さすがに、自分で自分に呆れていたし、これ以上自堕落な事を続けていたら、その心の穴に食い潰される・・・そう思った私は、それまで目を逸らしていた現実に目を向けて自身の再生を目指すことにした。
 まず、冷え切っていた妻との関係を絶つべく、離婚の協議をはじめた。妻にとっても離婚は意義のあることではなく、協議は淡々と進んだ。子供がいなかったからもめるネタがないとは言えた。だが、協議とはいえ、離婚というものは結婚とは較べようもないほどのエネルギーを要する。別れゆく妻に対しても、一度は誓ったように幸せにできなかったこと、そして、もっと早くに離婚という結論出して新しい道を歩み始めるようにしてやれなかったこそ・・・二重の意味で済まなく思った。
 離婚が決着してすぐのことだった。彼女から別に好きな男が出来たと告げられたのは。青天の霹靂だった。彼女が他の男に目を向けようとは思ってもみなかったことだった。「私は一度だけ。それをあなたに正直に告げた。でも、あなたは私に隠れて何人と?何度?」彼女を詰問した私に、彼女はそんなようなことを涙ながらに言った。
 別れた後、まったくの独りになって、とてもしばらくぶりに心静かな自分がいることに気付いた。不思議なことに、時間の合間を縫うようにまでしていた女性たちとの様々な逢瀬もぴたりと止んだ。
 それから数年後、1枚の葉書が届いた。「結婚しました」とだけ書かれただけで、差出人の名もないその葉書の裏面には、ウェディングドレスのミズキがタキシード姿の知らない男と笑顔で並んでいた。

 「変わったといえば、俺たちの立場だよ。今は、俺が独身で、ミズキが既婚者だ。まったく逆になったし」
その私の言葉を聞いて何かを考えていたのか一拍おいてコクリと頷いた彼女は言った。
 「そうだね。でも、そんなことは関係ないのよ」
 「関係ないって?」
 「とにかく私たちがこうしてまた会うことは必然だってこと」と、ことさらなんでもないように言って彼女は、また深呼吸の伸びをして空気を大きく吸い込んだ。
 彼女が必然などと言うのは、何か内心に感じることがあってのことなんだろうと・・・説明し難い彼女の霊的な感覚を何度も感じた経験を思い出しながらそう思いながらも、なぜだか話を逸らすべきだと感じたは、
 「まぁ、でも俺はミズキに嫌われてフラれちゃったからなぁ~」と、少しおどけるように大袈裟に何度も頷きながら言った。
 すると彼女は、長い髪をフワリと波打たせるように私の方に顔を向けて言った。
 「嫌いになったんじゃない。好きでることを諦めただけ」
時間が止まったように感じた。彼女の視線は真っ直ぐに私の目に向けられている。私はといえば・・・石垣に背を預けた少し仰向け姿勢のまま、高い木の梢に視線を置いたままでいた。
 実際には、ほんの2~3秒なんだろうが、何分時が止まったようにも感じられた間があって、ふぅ~と彼女が吐息を漏らして言った。
 「良かった。この言葉、ずっと言いたかったの。あなたと別れてから、なんで言わなかったのかって、何度も何度もそう思ったのね。でも、あのときにはまだこの言葉にまとまっていなかったかもしれない。あなたとのことを落ち着いて振り返ることができるようになって一言にまとめられたのかも」
 「そうなんだぁ」
と、ちょっと間の抜けたような言い方になってしまったが、なんて収斂された一言だろうと思っていた。私の気持ちをも代弁されたような気分でもあり、あらためて別れの時から心のどこかに凍らせたままの気持ちが融け始めたような・・・そんな感じすらした。それは、過去からの残照・・・今、この境内に降り注いでいるような夏の強い陽射しではなく、夕刻となって暑さを凌いだ安堵感と共に感じる夕陽のような・・・どこか穏やかな陽光によってゆるやかに溶かされていくような感触だった。
 それからは、はしばらくたわいもない会話を続けた。彼女と待ち合わせた場所に停められた彼女の車の横に車をつけた。
 「また会おうね」
そう言って小さく手を振った彼女、車を下りかけた動きを止めて思いついたように言葉を足した。
 「あの神社に行って私が変わったこと・・・気付かないわよね。あなたは。あなたは、絶対に霊的なもの見ることがないから。私が保証する。やっぱりそうなんだって、今日も何度か思ったから」
 「それって、いいことなんだよな」
 「当たり前じゃない。見なくても済むモノは見えなくてもいいの。あなたは変わってない。でも、本当にありがとう。あの神社は、私を生き返らせてくれるいい神社だわ。今度は、私が誘うから」
 そう言うと、私が頷くのを見届けるとフワリと車を下り、彼女は自分の車へと向かった。車を出した私は、ルームミラーで彼女が自分の車に乗り込む姿を見届けながら、車道へと車を乗り入れた。
 
 彼女が放った私の心の中を溶かし始めた穏やかな残照のような一言。。。後に振り返れば、一つのターニングポイントになる言葉になると感じていた。そう振り返るとき、どのような分かれ道をどちらに歩んでいてそう思うのか・・・それは今の私には知る由もない。


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