A short story

ルールのある予約席

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 些細なことだった。 敢えて口にするほどのことでもないから、言葉にもしなかった。 だが、態度は明らかに彼女に対して冷たく、ややぞんざいでもあった。 それが彼女を傷つけた。 
 それから数日間、なんとなく意地の張り合いのような膠着状態となり・・・電話もメールも途絶えた。 まぁ、ちょっとした弾みで呼吸が合わなくなったというようなことだから、大事にはならないだろうという気持ちが根底にはある。 だから、それほど重大視してはいないのだが・・・実は、そういったちょっとしたズレが積もっていくことが、後の重大事につながるということは、男と女の間にはよく起こることだ。 ほら、ただの風邪だと高をくくっていると、寝込むようなことになったりすることもあったりするよね。 風邪は万病の元だ。 男と女の関係も軽い風邪の間に関係修復の処方をしなければならないってことなんだ。
 
 日曜、イートインできるケーキ屋のある席を予約した。 
 その席は、常時予約席となっている。 ほかの席がお客で埋まっていたとしても・・・その席は予約をする者のために空けられている。 
 ただ、予約席とはいえ、なにも何日も前から予約しなければならない・・・というわけではない。 店の駐車場に着いてから、電話で予約しても空いていれば予約を受け付けてくれる。
 その席は、店の喫茶フロアの出窓のような三角コーナーに庭の緑を眺めながら座れるようにラヴチェアが置かれているという、決して広いスペースでもなく、特別な設えでもないのだが・・・やはり、その席は特別な予約席なのだ。 それは、その席を予約する者に科せられた暗黙のルールがあるからだ。

 「ひょっとして、あのケーキ屋さんに向かってる?」
 助手席のシートに身を沈めたまま、いつもより言葉少なだった彼女が言った。
 「まぁね。。。」
 そう答えた私の横顔を、彼女がちらりと見たのがわかった。
 「ふぅ~ん」
 と、そうため息混じりに息を吐くような彼女の反応。 心なしか、体の緊張がほぐれていくように感じられる。それは、シートの中でくつろぐ体勢になっただけのことだ。 そう、ここが肝心。 そう思わなければならない。 間違っても “チッ、態度がでかくなったな” などと思ってはならない。 そんな風に思っては、元の木阿弥ってもんだ。 
 
 「席を予約した者ですが・・・」
 少し小声で店の女性スタッフに告げる。 ここも肝心。 ちょっと恥ずかしくもある場面なのだが、ここを通過しないと、あの予約席には辿り着けない。
 「さ~何にしようかな~」
 と、そんな私の羞恥心などお構いなしに、彼女はショーケースの中のケーキを品定め。 明らかに・・・勝ち誇っている。。。 そう感じられてならないのだが・・・我慢だ。 ここでも チッ とやってはならないのだ。

 「いつ予約したの?」
 彼女が選んだ、中にチョコレートを包んだチーズケーキと私が注文したブルーベリーの山となったケーキが運ばれて来るのを待つ間、彼女がそう聞いた。
 「朝、起きてから・・・かな」
 と、私。
 「会うってことなる前?」
 「かな。」
 「へ~そうなんだ」
 そう言いながら、彼女が私の肩に頭を預けてきた。 いや、違うな。 勢いがあったから、頭をぶつけてきたといったほうが正確か。 それが、彼女なりの諍い状態の終息宣言ってところか。 私のケーキのブルーベリーの山の半分ほどは、彼女の戦利品となった。

 この予約席を使うのは・・・何度目だろうか? なかなか素直になれない私には、有難い席だ。 
 この席を予約する者に科せられた暗黙のルールがある。 それは、この席座って誰かと仲直りしたいって人のみが予約できるってことだ。 
 この席に座った人達、座った当初はちょっとぎこちない雰囲気でも、手造り感一杯の美味しいケーキを食べながら話すに連れ、表情は穏やかに、笑みも浮かんでくるという・・・そう言われている席なのだ。

 この席が、仲直りのための予約席と呼ばれるようになったのは・・・かつて離婚まで考えたある夫婦が、この席に二人で座って何度も話し合った結果、危機を乗り越えることができたから・・・そう聞いた。
 その夫婦、実は夫婦二人で30年近くケーキ屋を営んでいる、この店のオーナーご夫婦のことではないかと、私はそう思っている。 品の良い奥様は、厨房の中のご主人を “シェフ” と呼び、その呼び方には愛情と共に尊敬が感じられる。 寡黙そうなシェフご主人は、昔気質な職人らしく愛想はないが、時折り奥様を見やる視線には優しさが感じられる。 オシドリ・・・そんな言葉を髣髴させるお二人だが、夫婦やっていれば、いろいろあるからね。。。 今のような穏やかな夫婦の雰囲気が醸成されるには、それなりの時間も要したのだろうと想像される。
 今でも・・・店を閉めた後、どちらが誘うかはわからないが、二人でこの席に座って話すこともあるんじゃないかと。 
 そんな風に思うと、この予約席に座る時には、できるだけ素直な気持ちを伝えたいと心がけたい・・・かな。 そんな気持ちにすらなってしまう予約席。 あなたも、誰かと仲直りしたいと思ったと時には・・・この席を予約してみては?


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