A short story

エスカレーター

 →当たり前に語られる、あまり当たり前ではない話し(11/7・了)
                       「エスカレーター」

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 エスカレーターに乗った瞬間、反射的に顔を上げるのと同時に、上ってゆく先に視線を向けた。
 その視線の先に、私が身を任せたエスカレーターと対面する形の降りのエスカレーターに乗ろうとする女の脚が眼に入った。その脚は、膝丈の黒いタイト気味のスカートから出ている部分のすらりとした脚線が私の好みで・・・。などと思う間もなく、その美しい脚の持ち主の驚いた表情が眼に飛び込んできた。
 数時間前のこと、彼女から仕儀中に電話をもらっていた
「今日、午後から業者さんとの打ち合わせでそちらに行くの。直帰できるから、食事でもどう?」
うーん、と唸って少し考えて(正確に言うなら、どう言うかを考えて)、
「今晩は、うちの部署の連中と打ち合わせも兼ねて軽く飲みに行こうってことなってて・・・明日ならいいんだけど」
「わかった、じゃ、明日ね。」 
と、彼女。その後、どんな業者との打ち合わせなのか、少し仕事の話しをして電話を切った。
 だから、彼女が私の会社の近くにいるのは不思議なことではないのだが・・・。よりによって出くわしてしまうとは・・・。
 当初、あら?と、単純に驚いた表情で私の顔を見つめた彼女だったが、私の隣に女性・・・それも、二人で並んで歩くには、私の年齢には似つかわしくもない若い女が・・・いるのを認めたのか、その純粋驚きの表情が、眉をひそめた訝しむ表情に変わった。

 エスカレーターというのは楽な階段だ。ただ乗っているだけで、階段が勝手に乗降してくれるわけだから。それは、人生にも例えられる。
 幼稚園から大学まで、まるでエスカレーターに乗っかったように進んでいく人も世の中にはいる。たいていは、大学の卒業と共に険しさの差こそあれ、自分の足で階段を昇ってゆくことになる。が、中には、大学を出て以降も親の用意した次なるエスカレーターに乗り換えていくだけの人もいたりもするようだ。
 このエスカレーターのような人生は、深く考えもせずに乗っているぶんには良いのだが、一旦疑問を持ってしまったら厄介だ。立ち止まろうにも立ち止まることはできず。ましてや、逆行しようとしようものなら、一緒に乗っている人々から迷惑がられたり、異端視されたりしてしまうってわけだ。はなから自分の足で上がっていく階段なら、休みたいときには立ち止まることもできるし、何か忘れ物に気付いたときには引き返すこともできる。その違いを心得た上でエスカレーターに乗っている人は、実はそう多くないような気がしないでもない。

 おっと、エスカレーターに人生をからめて考えている場合ではない。乗ってしまったエスカレーターは昇るだけだし、降りるだけだ。昇る私と降る彼女の距離はグングン近づいてくる。
 決して私を直視してはいない。しかし、私から数度だけ視線を逸らせてはいるが、明らかに私とその隣の女性を視線の中に捉えているであろうことは、彼女の眉を顰めた表情を見ればわかる。
 だが、その表情は、私の期待通りに微妙に変化していった。詰るような表情が、再び おや? という表情に変わり、次の瞬間には そーいうことか とても言うような表情に変わり、眉の辺りの力も抜けたようだ。

 どうやら、私が連れ立ってエスカレーターに乗っているのが、別れた妻の元にいる娘だと理解してくれたようだ。すでに元妻は再婚しており、娘には血のつながっていない父親がいる。娘の話しぶりからも、義理の関係ではあるが、その父親との関係は良好のように感じられていた。元妻の再婚までは、協議で取り決めたように、娘とは月に一度食事したり、時には私の住まいに泊まったりという形で会ってきた。が、再婚を機に 新しい家庭環境に慣れさせたいから という元妻の意向で、娘とこうして会うのは、おおよそ半年に一度というペースになっていた。
 今日は、娘が高校を卒業して、大学に進学してから初めて一緒に食事をする日だった。
 ここの地下のお店でしか売っていない季節限定のお菓子が買いたい という娘に
「お菓子?大学生にもなって、まだ子供だなぁ」
そういう私に
「子供じゃないしー」
そう言った娘のお目当ては、チョコレートが上に塗布された細身のラスクだった。こんなモノが季節限定、ましてや何店舗かあるこの店の系列店の中でも、ここでしか売られていないなんて情報をどう知りえているんだろうと、そんなことも思いながらエスカレーターに乗ったというわけだ。

 やがて乗降するエスカレターに乗った私と彼女がすれ違おうとしていた。その頃には、彼女の表情から不審な翳は消え、変わってどこか好奇な表情が浮かんでいるようでもあった。だが、あくまで私に視線は向けなった。
 そうして隣り合って乗降逆に進むエスカレーターに乗った私と彼女がすれ違う。次の瞬間、私は、降っていく彼女を目で追おうと首を右斜め後方にひねった。その視線の先には、同じ首をこちらにひねって、私を見上げている彼女の顔が。。。目が合ったと思った瞬間、彼女の口が声を発せずに動いた。
 それは、私がオヤジギャグや嘘とも言えないくだらない嘘をついたときに彼女が言うこと
「バァーカ」
だ。そう彼女の口が動いたのがわかった。
 口に出さずにそう言い放った彼女、次の瞬間、あッと小さく声を上げて右の掌を口に当てた。その彼女の視線を追って振り返った私の眼に飛び込んできたのは、掌を口にあてなければならないような口を開けたものではなかったが、やはり驚いたような娘の表情だった。娘は、彼女と私の顔に素早く何度か視線を走らせ、不意に前を向いた。
 振り返って降りていく彼女を見れば、娘に向って小さく会釈しつつ、その表情は曖昧な照れ笑いが浮かんでいた。

 長いようでも、実は短いエスカレーターに乗っている時が過ぎ、エスカレーターを降りて娘と並んで右に折れて歩き出した。 チラリと右後方を見れば、降りきった彼女がこちらを見上げていた。私が彼女を見ているとわかると、彼女はまるでダッシュして 追いかけるわよ と言わんばかりに昇りのエスカレーターに駆け寄る仕草で二、三歩動いたかと思うと突如立ち止まり、右手を胸の前で小さく振った。そして、勢いよく振り向いて歩き出した。その後姿の脚、やっぱり綺麗だと思った。
 明日、きっと最初はくだらない嘘に対する文句を承ることになるだろうが、脚が綺麗だったと、機嫌取りのとっかかりにしよう、そう思った瞬間、娘の声が耳に飛び込んできた。
「可愛い人だね」
驚いて振り返ると、娘は、笑い出しそうな表情をして歩き去る彼女の後姿を目で追っていた。
その瞬間、唐突に意が固まった。
「いい?ちょっとここで待ってて。すぐ戻ってくるから!いいね。」
不意を突かれて驚いたようだが、しっかりと頷いた娘を目線の端に捉えて、私は走りだした。エスカレーターではなく、その横にある階段を駆け下りるために。

 彼女は、私に娘がいることも、現在の娘と私の間の事情も情況も知っている。娘も、私に大切に思っている女(ひと)がいて、やがて一緒になろうと思っていることを知っている。互いを引き合わせて紹介しても良いようなものだが・・・なんとなく臆していた。彼女に、上手くいかなかっや過去のことを垣間見せるのも億劫だったし、娘がもう少し大人になるまで・・・。ちょっと及び腰にそう思っていたのだが、今の娘の一言、二十才近くも年上の女を 可愛い人 と言えるなんて・・・もう子ども扱いばかりはしてはいられないし、そう思えば、私の怠慢もここに極まれり・・・というものだ。

 長い人生の何年、あるいは何十年の時間経過にも例えられるエスカレーターだが、実際にそこ乗っかっているほんの短い時間にエスカレーター上で起こる些細な出来事が、人生の中でも大きな意味を持つことの発端になること・・・そんなことだってあるものなのだ。


                                                             (了)

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